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TECHNICAL NOTE

Quloud-Mag解説(1)背景

これから3部作で製品Quloud-Magを用いた磁性材料シミュレーションに関して解説を行います。まず、第1部ではそもそも磁性材料開発におけるシミュレーションへの期待と、これまでにどのような磁性材料シミュレーション技術が開発されてきたのかを説明します。第2部では、従来の磁性材料シミュレーションとQuloud-Magで提供される“マルチスケールシミュレーション”の違いに関して説明します。第3部ではQuloud-Magを使った実際の磁性材料シミュレーションの結果の紹介を行います。

【関連リンク】

Quloud

Quloud-Mag

INTRODUCTION

HISTORY

材料開発・デバイス開発の歴史とシミュレーション

これまでの材料開発(必ずしも磁性材料に限らない)は、多くの実験と測定を繰り返す、トライアンドエラーの上に成り立ってきました。これは古来から全く変わらないアプローチと言って良いかもしれません。組成を変えて物質合成を行い、合成された物質を測定します。所望の物性値・特性値が得られるまでこの試行錯誤を繰り返します。ある研究者の目的は、これまでよりも高い磁気異方性を示す磁石材料を見つけようとか、これまでよりも高い誘電率を持つ物質を見つけようとか、それぞれの目的は異なっていたとしても、そこで採るアプローチは同じなのです。

近年、材料開発をもっと加速しようという試みとしてシミュレーションの活用が注目を集めています。実際の実験で物質を合成して測定を行うというプロセスをコンピュータシミュレーションに置き換えることにより、コンピュータの仮想空間中で新物質を作成し、かつその新物質がどのような物性値や特性値を持っているかを予めシミュレーションによって予言してしまおうというものです。コンピュータは24時間稼働し休日もありません。1年365日24時間体制でコンピュータは我々の所望の物質を探索し続けます。人間が労働時間内で実験的に合成できる物質の数よりもはるかに桁違いに多くの物質をコンピュータは探索し続けるのです。

コンピュータシミュレーションは新材料開発以外にも、デバイス開発という観点でも重要な位置を占めつつあります。新物質を用いて実際にデバイスを組んだ時に、そのデバイス特性は必ずしも理論性能通りにはならないことが知られています。想定通りにうまくいかない多くの理由は、物質やデバイス中の存在する“欠陥”に由来します。この世の中の物質に一切の欠陥を含まない完全な結晶というものはないのです。多かれ少なかれ物質には不純物や欠陥が含まれています。さらには、異種物質2つを接合した境目、これを『界面』と呼ぶが、においては事態は一層複雑であります。そもそも完全なる界面とは何か?という問題が出てきます。多くの場合、界面には通常よりも多くの欠陥が存在します。そして、多くのデバイスはこういった界面が動作の舞台になってくるのです。界面構造の違いがデバイス性能を左右するケースは少なくないのです。界面での想定していない原子レベルの構造がデバイス特性にどのように影響してくるのかを明らかにし、中でもデバイス特性を劣化させている構造の同定と低減はいつだって物質設計とデバイス開発を行っている人には重要な課題です。ただし、実験的に界面構造とデバイス特性の相関を詳細に理解する手段は限られています。コンピュータシミュレーションはこのような場面においても重要な役割を担っています。コンピュータシミュレーションの中で構造の情報を入力すると、それがどのような電子特性を持っているのかをシミュレーションすることができるのです。

PAST

これまでの新規磁性材料開発のためのシミュレーション

近年新規材料探索が加熱している材料群として磁性材料が挙げられます。磁性材料の筆頭として磁石が挙げられます。磁石はモーターに使われており、より強い磁石であればあるほど、よりエネルギー効率を上げることができます。今、強い磁石としてはネオジム磁石が広く使われていますが、ネオジム磁石には保磁力を高めるという目的のためジスプロシウムというレアアースが用いられています。レアアースを用いない新規磁石材料の研究は今でも活発に研究がなされています。強い磁石はモーターだけではなく、メモリにも使われます。今やあまり日常生活で見かけることはなくなりましたが、磁気テープも未だに研究開発は着々と進んでいます。日常生活で見かけることはないですが、金融機関のデータ保管として、さらにはクラウドデータ保管として、磁気テープは使われており、今も我々の高度情報化社会にはなくてはならない材料となっています。磁性材料として大きな注目を集めているのは、強い磁石だけではありません。軟磁性体というある種弱い磁石も近年、重要な材料となってきています。5G/6G社会では、様々な電磁波で情報の伝達が高速でなされています。しかし、精密機器の中にはそう言った外部環境の磁場に影響を受けてしまう部品というものがあります。そう言った部品はなんらかの方法で外部磁場を遮蔽しなければなりません。そこで出てくるのが軟磁性体です。軟磁性体は、一種の磁石でありながら外からの磁場に合わせて自身の磁化向きを容易に変えてしまう物質です。この柔軟さが、外からの磁場に応答してある特定の周波数をかき消すという、まさに磁気シールドとしての役割を持つことになります。さらには、ゆっくりとした外からの磁場に対しては自らの磁化を揃えて、外の磁場をより増強させるといった増幅器としての役割を示します。こういった、軟磁性体材料の探索も今の研究者の仕事になっています。

こういった様々な磁性材料の探索にも、第一原理材料計算や経験論的材料シミュレーションを用いようという試みがなされてきています。第一原理材料計算では、磁性材料の元素組成を変えた際に、特にどのように磁気モーメントや磁気異方性が変わるかを調べる研究がなされてきました。しかし、基本的にはいずれも基底状態の、つまり絶対零度での振る舞いであることがその短所となっています。というのも、磁性材料には、キュリー温度やネール温度と呼ばれる磁性の性質が、ある特定の温度以上では消失してしまう物質固有の特徴的な温度があります。その温度が何℃かによって、室温でも果たして磁性材料として振舞っていられるのかどうかが変わってしまいます。つまり、磁性材料にとって有限温度の効果は「なんとしても考慮したい要素」なのです。それが考慮できない点は大きな短所と言えるでしょう。また、多くの磁性材料は粒子を固めたセラミックスであることが大半で、粒子径依存というものも大きな興味の要素になっています。例えば、磁気メモリでいくと十ナノメートル程度というサイズの粒子が1つのビットとして機能されていることになります。しかし、第一原理材料シミュレーションでは十ナノメートルというサイズのシミュレーションを行うことは計算時間の見積もりから絶望的で、今のコンピュータではこんな大きなシステムを丸ごと扱うことはできません。一方で、経験論的材料シミュレーションというのは、有言温度の計算ができ、十数ナノといった大きなシステムサイズでもシミュレーションを行うことができる長所を有します。しかし、なんと言っても、パラメータを事前に用意しないといけず、結局実験を行って実験結果からパラメータを入手しないと短所のため、実際の現場での活用というのは限定的でした。

パラメータを(実験などから)事前に取得しておく必要がある

計算時間がかかる・温度の効果が取り込めない・大きなシステムを扱うことができない

短所

温度効果を考慮できる・多くのシステムを扱える

実験値なしに計算を実行できる(予言や現象解析に強力)

​長所

経験論的材料シミュレーション

第一原理材料シミュレーション

FIRST-PRINCIPLES

第一原理材料シミュレーションと経験論的材料シミュレーション

コンピュータシミュレーションで新物質の予言を行うことを考えてみましょう。全ての電子や原子核は量子力学という物理の基礎方程式で記述されることが知られています。もっと具体的に言うと、Schrödinger(シュレーディンガー)方程式と呼ばれている式に則って振る舞っていることが知られています。物質は原子核と電子とから構成されるのであれば、シュレーディンガー方程式を解くことによって、物質の持つ物性値を予言することができるはずです。これは実験値や経験則を必要としないことから“第一原理” 材料シミュレーションと呼ばれています。量子力学に則り、実験値なしに予言をする方法です。最新のスーパーコンピュータを用いれば、実験値を用いずに高精度に(どの程度高精度であるかは、後述する計算結果を見ていただければと思いますが)、原子レベルで物事をまるで見てきたかのように理解することができます。原子構造とデバイス特性の因果関係を明確化することができる点がデバイス設計には大事な指針となるのです。

第一原理材料シミュレーションは実験値なしに物性予言や解析、さらにはデバイス設計の指針を出すことを可能にする強力なツールであるものの、全ての材料シミュレーションがそれ第一原理材料シミュレーション1つでカヴァーできる訳ではありません。近年多くの場合、第一原理材料シミュレーションは密度汎関数理論(DFT(Density Functional Theoryの略)とも呼ぶ)に基づいています。密度汎関数理論に関しては別の機会で紹介します。密度汎関数理論は基本的には基底状態(絶対零度、-273℃)に対する理論であり、励起状態や有限温度状態(室温での物性)を扱おうとすると、少なくとも特別な後処理を行わなくてはなりません。さらには、第一原理材料シミュレーションは高精度であるが故に、計算時間もかかることになります。従って、現在最高性能のスーパーコンピュータをもってしても、マイクロメートルスケール(10^-6m)のシミュレーションはほぼ不可能なのです。そうすると、もっと精度を落としてでも大きなシステムサイズを扱いたいという要求は当然出てきます。なんといっても人間が手にとる物質というのは、10^23(アボガドロ数)という極めて大規模な原子集団であり、第一原理材料シミュレーションで扱う高々10-10^3程度の原子の計算とは実に20桁のギャップがあるのです。材料科学の難しさはまさにこのスケールの広さにあると言っても過言ではありません。

第一原理材料シミュレーションの対義語は、経験論的材料シミュレーションでしょう。経験論的材料シミュレーションでは、必ずしも第一原理的なアプローチではなく、実験値や経験的数値をシミュレーション中で用います。通常、経験論的材料シミュレーションでは、我々が知りたい温度効果を考慮するためや、もっと大規模なシミュレーションを実行するためなど、それぞれの目的に合わせた(シュレーディンガー方程式に代わる)経験論的方程式が知られており、そこには何かしら物質依存の“パラメータ”というものが含まれています。我々は、経験論的シミュレーションの実行に先立ち、何かしらの実験などの方法で事前にパラメータを取得していなければならないです。しかし、一度なんらかの方法でそういったパラメータを入手しさえすれば、その後の計算は第一原理シミュレーションで行うよりはるかに大きなシミュレーションが可能になったり、温度の効果を取り込めたりが可能になるのです。

MULTISCALE

マルチスケールシミュレーション:第一原理材料シミュレーションと経験論的材料シミュレーションの融合

第一原理材料計算と経験論的材料シミュレーションに関して説明をしてきました。それぞれのシミュレーションにはそれぞれ長所と短所があります。最近、これらを異なる階層シミュレーションを互いに接続しようというマルチスケールシミュレーションというものが注目を集め始めています。上で書いたように、経験論的材料シミュレーションにはシミュレーションに先立ちパラメータの情報が必要になります。これまでは、パラメータを実験値から抽出するということが多く行われてきました。この実験に変えて、第一原理材料シミュレーションからパラメータを抽出しようという試みがマルチスケールシミュレーションであります。これまでもマルチスケールシミュレーションを行おうという計画はあったものの、どうやって第一原理材料シミュレーションからパラメータを抽出すると良いのかの方法論が確立していないなどの理由で、分かっていたとしても計算機パワーの弱さから中々実現してこなかったのです。材料シミュレーションで新物質開発を加速しようという機運が高まっている今、マルチスケールシミュレーション技術が俄かにホットになってきています。

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