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TECHNICAL NOTE

時間発展偏微分方程式の量子ソルバー解説(1) 第一量子化ハミルトニアンシミュレーション(HS)について

偏微分方程式は様々な物理現象を記述するモデル式として認識されています。その数値解を正しく且つ素早く得ることは事象解明及び予測に役立ち、極めて重要な問題です。我々Quemixはこの度、時間発展偏微分方程式(以下、単に発展方程式と呼ぶ)を解く量子アルゴリズムを研究開発しました。この研究により、量子コンピュータによる高速化が確かに見込まれること、そして将来的に材料計算や流体計算など大規模数値計算を大いに加速することが期待される結果を得ました。この解説記事では、材料計算及び流体計算への応用を念頭に置いて、第一量子化ハミルトニアンシミュレーション(HS)と移流拡散反応方程式の2部に分けて解説していきます。

まず第1部では、第一量子化HSとは何か?から説明して、量子コンピュータで何故、またどれくらい加速できるのか?について説明します。なお、材料計算に応用する際に直面する幾つかの課題も紹介します。

INTRODUCTION

WHAT IS

第一量子化HSとは

多粒子系のハミルトニアンは、粒子それぞれの位置座標及び運動量を変数とする運動エネルギーとポテンシャルから構成されています。第一量子化ハミルトニアンシミュレーション(HS)とは、このようなハミルトニアンに支配されているシュレーディンガー方程式を解く、つまり、波動関数の時間変化を計算するものです。それにより、物理量が計算され、材料計算において基礎的な計算となっています。

REASON

量子アルゴリズムは何故加速できるのか?

方程式を数値的に解くには、演算子を十分大きな行列に離散化し、この行列と初期値・境界値の離散化したベクトルとの行列計算を行うことが必要です。古典コンピュータでは、行列要素ごとに算術演算を行うため、疎行列の場合でも計算時間は少なくとも行列サイズ(Nとする)に比例します。その一方で、量子コンピュータでは算術演算の代わりに、(実機の種類により特定された)基本ゲート演算集合(または基本演算集合)に属するユニタリ行列演算が操作単位となります。より詳しく説明すると、量子コンピュータには、量子ビットという概念があり、n(= log2(N))個の量子ビットで2 ^ n = N次元の広い状態空間を表現できます(解説記事001を参照)。従って、最善の場合にサイズNのユニタリ行列はオーダーO(n)回の基本ゲート(1量子ビットと2量子ビットゲート操作)を用いて構成できます。これが量子加速のキモであり、古典より指数的な加速が可能と言われる理由です。ただし、自由度の観点からみると、O(N)個の要素を持つ行列を表現するには、原則的には量子コンピュータであってもO(N)回以上の基本ゲート操作が必須であることは注意が必要です。(つまり、必ずしも量子コンピュータに優位性があるわけではありません。)

SPEEDUP

どれくらい加速できるか?

第一量子化HSに関しては、グリッド法(または、実空間法、実空間グリッド法とも呼ばれる)を使用し、サイズNのユニタリ行列の演算に帰着します。具体的には、運動エネルギー部分は量子フーリエ変換とその逆演算及びその間にはさむ第一の対角ユニタリ行列、ポテンシャル部分は第二の対角ユニタリ行列、それぞれに対応します。第一と第二の対角ユニタリ行列は要素の位相がそれぞれ二次関数と事前に与えられたポテンシャル関数によって決まっているため、nの多項式オーダーの基本ゲート操作数で実装できることが我々の研究成果により分かりました。我々の論文arXiv:2407.16345(2024)では、与えられたポテンシャル関数に対して、疎分割パラメータを導入しスプライン法を用いて近似回路を構成する手法の詳細を提案しました。これにより、ポテンシャル関数が良い場合に、行列サイズNに対して古典より指数的加速が見込まれることが分かりました。

EXAMPLES

1粒子と2電子系のシミュレーション

我々は、量子アルゴリズムの検証として、一粒子と多粒子系の空間一次元におけるシミュレーション例を取り上げ、J. Phys. Soc. Jpn. 93, 054002 (2024)にて研究成果を発表いたしました。

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シミュレーション例1:1、2電子系の電子密度

CHALLENGES

材料計算へ応用する際の課題

材料計算(例えば、構造最適化)を行う際、量子系の基底状態を求めることが1つの重要な課題となっています。解説記事005に紹介した我々Quemixが独自に開発を進めてきた確率的虚時間発展法(Probabilistic Imaginary-Time Evolution, PITE®)は、この課題解決の有効な手法だと考えています。ここで重要なことは、PITE®アルゴリズムのサブルーチンとしてHSの量子回路が使われているということです。つまり、PITE®アルゴリズムを実際に実施しようとすると、HSを行わなければならないということです。第一量子化HSを多粒子系の問題に適用しようとした際には、ソフトクーロンで粒子間ポテンシャルを(近似)表現し、上で紹介した手法を使用することもできますが、一般にポテンシャル関数は距離のみならず各粒子の位置座標にも依存する、さらには機械学習ポテンシャルなど解析的に知らない相互作用ポテンシャルの場合においては、量子加速の度合いが不明瞭で、更なる検討が必要です。

 

※ 本記事に載せてある数値例は、IBM社のゲート式量子エミュレータQiskitを使用しています。

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