TECHNICAL NOTE
時間発展偏微分方程式の量子ソルバー解説(2) 移流拡散反応方程式について
第2部では、第1部の内容を踏まえて、移流拡散反応方程式とは何か?から、PITE®による量子ソルバーを説明します。また、他の量子アルゴリズムとの比較及び流体計算への活用と今後の課題を解説します。
INTRODUCTION
WHAT IS
移流拡散反応方程式とは
移流拡散反応方程式は、考案する領域における物質濃度の時間変化を記述する数理モデルで、流体計算の一種です。数式上、空間に関して2階微分(拡散項とも呼ばれる)、1階微分(移流項とも呼ばれる)、0階微分(反応項とも呼ばれる)を有し、それぞれ物質濃度の空間における広がり、移動、増減を表しています。
METHOD
PITE®による量子ソルバー
簡単のため、周期境界条件を考えましょう。このとき、第1部で言及したグリッド法を使用できる、そうすると、第1部と類似するハミルトニアン(移流項の部分を追加した)行列が得られます。そこで、移流拡散反応方程式の量子ソルバーは、このハミルトニアン行列に対する虚時間発展演算子(=行列の指数関数)と初期状態の表すベクトルとの行列積を計算するものになります。ここで、虚時間発展演算子(行列)はユニタリ演算(行列)ではないため、量子コンピュータ上で直接的に実装することができませんが、補助量子ビットを導入した測定により虚時間発展演算子のような非ユニタリ演算を量子コンピュータ上で実装することが可能となります。特に、行列の指数関数は解説記事005に紹介した確率的虚時間発展演算子PITE®の量子回路によって構成できます。我々の論文arXiv:2409.18559では、行列サイズに対する指数的加速を達成するため、新たな近似PITE®の量子回路を提案し、第1部の第一量子化HSをサブルーチンとする量子アルゴリズムを確立しました。
EXAMPLES
1次元および2次元におけるシミュレーション
我々は、量子アルゴリズムの検証として、空間一次元および二次元におけるシミュレーション例をarXiv:2409.18559にて報告いたしました。
シミュレーション例2:移流拡散(反応)方程式
COMPARISONS
他の量子アルゴリズムとの比較
特に、今回我々が着目したい移流拡散反応方程式の量子アルゴリズムとしては、先行研究Computers & Fluids 281, 2024, 106369で提案された、(差分法に基づく)非変分的量子アルゴリズムHHL(Harrow-Hassidim-Lloyd)や変分的量子アルゴリズムVQA(Variational Quantum Approximation)が有名でした。しかし、これら先行研究の量子アルゴリズムと比べて、我々の量子アルゴリズムは計算時間が短く、真の解との誤差も小さいことが分かりました(図3を参照)。また、周期境界条件の場合、グリッド法が差分法より優れていることを明らかにしました。ただし、同じ離散化手法を用いるとき、我々の提案手法は従来のHarrow-Hassidim-Lloyd(HHL)法と類似の計算時間(=回路深さ)を所有する一方で、かなり少ない(HSの部分を除けば1つだけ)補助量子ビットを使用する利点を持っていることを示しました。
図3:平均二乗誤差(MSE)において他手法との比較
coming soon ...
NEXT
PROSPECTS & CHALLENGES
流体計算への活用と今後の課題
我々の論文arXiv:2409.18559では、移流拡散反応系(連立方程式)を報告いたしました。基本的に、提案手法は線型発展方程式系であれば一般に適用できますが、時間進行ステップごとに状態ベクトルの用意または読み出し(解の取得)が可能であれば、前ステップの解の情報を活かしてポテンシャルを更新することで、非線型方程式系も取り扱うことができるようになります。特に、移流項を無くし、反応項を解の空間一階微分とするとき、流体力学において非線型波動を記述する(粘性)バーガース方程式が得られます。なお、熱対流などの流体計算では、移流拡散方程式と他の方程式を順番に反復法で解くのが常套手段で、反復ステップごとに解の取得ができれば、提案手法を活用することが可能です。ただし、量子コンピュータからすべてのグリッド点における解を取得するには、一般的にメッシュ数Nに対してO(N)回の測定が必要であり、解の計算部分に達成したO(log2(N))の優位性を隠してしまうという課題点も明らかになりました。今後は、反復法を用いて非線型方程式系を解くための効率の良いアルゴリズム開発が課題となります。
図4:シミュレーション例3=二次元バーガース方程式
※ 本記事に載せてある数値例は、IBM社のゲート式量子エミュレータQiskitを使用しております。